天ノ星ハ昔ノ光

“・・・演劇の凄さは、瞬間的に異次元への突入が可能なことだと思う。故に其処にかかわるすべての人たちに敬意を表したい。そして「何か」を感じ取り、自ら率先してその場処を探りあて動いてくれる「私」という器にも感謝したい。いま此処に存在することはもちろん、無数の星のなかから輝きに気づくことができる確率は奇跡と呼ぶにふさわしいものだから”

何が起こっているのだ!?
・・・そんな始まりだった。

日常のような、そうでないような。
当然ながら映像とちがって巻き戻しができないから瞬時に膨大な情報を自分なりに解析しながら人物やら背景やらをつかんでゆく。
やがて、謎が浮かび上がり、考える間もなく話は続けられて・・・

『いったい此処は何処なんだ?』

たたみかけるような言葉の応酬のなかで思っていた、
これは私にとっての現実(リアル)

そこにいるのに、ほんの数メートル先にいる人と
途轍もない空間を隔てている感触

よくあることかもしれない、でも、日常感じる違和を
見知らぬ誰かに読みとられた気がして

ふだんからそうしていればいいのに、大切なことっておびやかされるまでわからないんだよね。ケンカしてたり、やさしくなれなかったり、わがままだったり。
もっともっと話したかった、いっしょにいたかった、泣いたり笑ったり・・・

大切な誰かが“向こう側”へ逝ってしまうのを止められなかったというダイレクトな経験はしていない、けど、その狭間で無茶苦茶しんどい思いは、している。
だからね、・・・舞台上であっても、人の生死にかかわる出来事はどうしても他人事にできないんだ。
みんなが関心をもつのかはわからないけれど・・・もし、現実で耐え難いことが起きて誰にも話ができなかったら、・・・動くことがいくらか可能なら、舞台空間を漂うこともあっていいんじゃないかな。そこには知り合いがいないぶん気楽だし、ひょっとしたら自分に似てる奴に会えるかもしれない。そうして・・・自分のほんとうに大切なひと・大切なものを発見(あるいは再発見)するのが可能になるってことも。其処にいるのは自分も含めて間違いなく、血の通った生身の人間だから。

物語でも話に出ていたけど、何気なく夜空を見上げて星の光をみつけるとほっとする・・・
ただ、実はそこには気が遠くなるほどの時間差があるんだなあ。
光が地球に届くまでの時間。天文学的にいわれても理解はむつかしいけどね。
でもさ、確実に届いてるんだ。すぐには無理で、はっきりしないままになるかもしれなくても届けたい、伝えたい言葉や想いがあるなら・・・生きていく価値はあるんじゃないかな。

たいせつなひとに逢えるといいね。そう祈ってる。

『天ノ星ハ昔ノ光』
知っている人もいらっしゃるでしょうが、この作品はARMs(アームス)というユニットのお芝居でございます。メンバーは三名。何日か前に記事に登場した緒方恵美氏、そして演劇集団キャラメルボックスの真柴あずき氏と坂口理恵氏。
このあたりのいきさつはおそらくHPなどで語られていると推察されるため、そちらをチェックしてみてください。ちなみに私の情報入手は(アナログなので)新聞でございました。
メンバーみてびっくりしたよ、もう。いや、嬉しいという意味で(笑)

久々に(?)緒方氏目前で見たけど流石!!・・・気合入っちょる。このかた声の種類いくつもってんだろ??ってくらい凄いのさ。「何者!?」(時代劇風に。あ、だと「何奴!?」がいいのか?)・・・で、坂口氏もキャラメル時にわりとあたっていた。しかし・・・緒方氏との白熱戦は・・・凄え(の一言につきる)。真柴氏は舞台上では初めてでしたが、想像を超えてめっちゃパワフルでござんした。へへーー(平身低頭)