キズがあるから面白い

近頃はあまり遅くまで起きていないけれど、たまたまついてたチャンネルで、安全地帯の話があっていた。

私は特にファンというのではなく・・・ただ、歌うまいなとか曲いいなとかは思っていた。
玉置さんの、あのかみつくような歌い方も独特やし(笑)
→ちなみにこういう印象の歌い手さんはもうひとりおりまして。
こちらは一応ファンですんでおこらないで~!のチャゲアスの飛鳥さん(汗)

井上陽水さんがらみでも気にはなっていました。

ソロ活動されてる玉置さんをドラマなどでは拝見してましたが、しばらく姿みなかったなあ、と思っていたら闘病生活されてたんですね。。。

精神面でかなりきついところまでいってらしたそうで、聞いていてふっと自身のことを重ねていました。もちろん、職業や立場は全然ちがうのだけど、人間であることは共通なわけで。
弱っているときほど支えやよりどころって、やはり必要なんですよね。
一歩間違うと毒のほうに目がいってしまいそうですが・・・薬になる人、もの、
誰かがさしのべる手が、重要になる。

玉置さんには安全地帯のメンバーがいて、音楽があった。
陽水さんからも、声をかけられたのだそうです。
それも、ほんとうにさりげなく。

人の持つ役割は、社会や仕事での面でもあるけれど、
本質的にいちばん大事なのは、身近な誰かや大切な人、いまここにある相手~たとえば、メールやネットで接する人、目の前の友人などにその瞬間、きちんと心が向けられているか、ということではないでしょうか。
日常の大半はそうしたことの積み重ねです。
それによって人間同士のかかわりが深まれば、別の意味での大きな流れも生まれてくる。

生きていればいいことばかりではなく、イヤな出来事にも遭遇します。
でも、それはたぶん誰の身にも起こることで、循環もあるのだと思います。
自分がつらいとき助けてくれたひとは、きっと、以前に同じような、もしくは
それ以上のつらさを体験したひとです。
だから、つらいひとに寄り添える。

特別なことは何もできなくても、心を添わせる、感じ取るだけでも
心強いこともあるのです。

人は誰でも多かれ少なかれ何かを背負って生きている、といいます。
それを見せずに、認めずに生きることも一つの方法かもしれませんが・・・
かえって生きる範囲をせばめてしまう、出会えるかもしれない人の数を減らしてしまうのではないかな、という気がしています。

人付き合いが得意ではなく、友人も多いとはいえないけど、自分なりの手法で人とのかかわりをあきらめないし、数はともかく、知り合う相手はさまざまで、密度が濃いな・・・と感じています。

玉置さんは言いました。
「なんにもしょわずにいるのも、それはそれでいい。でも、しょってるものがあるから人生は面白いんじゃないか、無駄なことや意味のないことって、人生にはないんだよね」
(そのままは記憶あいまいですが、そうした内容のことをおっしゃってました)

この言葉、そして、安全地帯が再始動されてから発表した曲をきいて・・・
すごく、感じるところがありました。
ちゃんと憶えていないから、再び聴く機会があるかわからないけど、
『蒼いバラ』と『オレンジ』。。。。

色彩(いろ)が、響くんです。
殊にオレンジはとても大切な、いのちにまつわる貴重な色彩になっているから。

痛いくらいに・・・だけどそれは、生きてるから、だよね。